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2005年、夏。「若手芸人」前後編がバラエティの歴史を塗り替えた日

今やテレビ界の頂点に立つ面々が、まだ「若手」という荒々しい肩書きを背負ってひな壇にひしめき合っていた時代。2005年7月18日、そして8月1日。あの日、私たちが目撃したのは、単なるトーク番組の枠を超えた「笑いの総合格闘技」でした。

当時の『アメトーク!』は深夜帯で、お笑いファンの間で「何かが起きている」と囁かれ始めていた頃。そこに集められたのは、麒麟、タカアンドトシ、東京ダイナマイト、POISON GIRL BAND、ハローバイバイ、とろサーモンという、当時の賞レースを揺らしていた精鋭たちでした。

この2週間の放送が、なぜ20年経った今もファンの心を掴んで離さないのか。それは、一人の男が放った規格外の熱量と、それに触発された全員が「自分の芸」を1ミリも曲げずに叩きつけ合ったからに他なりません。

■ 田村裕という「笑いの巨大な渦」

この前後編を振り返る時、まず語らなければならないのは麒麟・田村裕という存在です。

当時の田村さんは、まだ『ホームレス中学生』として一世を風靡する前でしたが、そのポテンシャルはこの時すでに最高潮。公園のハトと対話した話や、あまりにも切実で、それでいて底抜けに明るい「貧乏エピソード」の数々。

田村さんが何かを喋るたびに、スタジオは波打つような爆笑に包まれました。それは、技術を超えた「人間そのもの」から溢れ出るエネルギー。司会の雨上がり決死隊がその魅力に気づき、徹底的にイジり倒すことで、田村さんはこの2週間、間違いなくひな壇の「中心」として君和していました。あの日、スタジオで最もウケ、最も愛されていたのは、紛れもなく田村さんでした。

■ 川島明の「静」と、おばあちゃんの影

その横で、相方の川島明さんが見せた立ち回りもまた、見事なものでした。 田村さんの「動」の笑いに対し、川島さんはあの低音ボイスを武器に、緻密に構成された「静」の笑いを展開します。特に、自身のおばあちゃんにまつわるシュールなエピソードは、爆笑の中にどこか奇妙な余韻を残しました。

田村さんのエピソードで揺れたスタジオの空気を、一瞬で自分の世界観に引き戻す川島さんの「構成力」。この麒麟というコンビが持つ「二段構え」の強さが、番組の格を一段引き上げていたのは間違いありません。

■ とろサーモン久保田、ガチすぎる「ソフトテニス」の衝撃

しかし、麒麟の独走を許さないのが、この回に集まった「尖り」の象徴たちです。 中でも、大阪から乗り込んできたとろサーモン・久保田さんの存在感は異質でした。

突然披露された**「ソフトテニスの構え」。 特筆すべきは、それが単なるおふざけではなく、「普通にめちゃくちゃ上手い」**という点です。インターハイ出場の実績に裏打ちされた、無駄のない、あまりに綺麗なフォーム。その「ガチの実力」を、あえてトーク番組のひな壇で、何の説明もなくぶっ込んでくる不条理さ。

■ ハチミツ二郎、無頼の美学と「ビール10杯」

そして、東京のライブシーンで圧倒的なカリスマ性を放っていた東京ダイナマイト。 特にハチミツ二郎さんが語った「ビールを10杯以上、短時間で流し込む」というエピソードは、当時の若手芸人の「無頼な生き様」を象徴するものでした。

今のテレビでは考えられないような、豪快で、少し危うい話。それを、あのどっしりとした構えから淡々と語る姿は、ひな壇の中に「昭和の芸人」のような力強い風を吹き込みました。タカアンドトシが巧みな技術で回し、POISON GIRL BANDが独自のシュールな間(ま)を維持する中で、二郎さんの放つ「肉体的な笑い」は、非常に強烈なインパクトを残しました。

■ 完敗などない、全員が「主役」の2週間

この放送を振り返る時、「誰が勝った、負けた」という言葉はどこか虚しく響きます。 確かに、あの日一番ウケていたのは田村さんでした。しかし、それは決して他の芸人たちの完敗を意味するものではありません。

久保田さんの「ガチすぎるテニス」の奇行があり、二郎さんの豪快さがあり、タカトシの職人技があり、ポイズンの異質さ、ハローバイバイの安定感があった。 彼らが自分たちの牙を研ぎ澄まし、一歩も引かずにそれぞれの武器を振り回したからこそ、田村さんの「陽」の笑いが、あれほどまでに輝いたのです。

雨上がり決死隊の二人が、それら全ての個性を面白がり、転がし、時には突き放しながらまとめ上げる。この「ひな壇」というシステムの完成形が、2005年のこの瞬間に、すでに提示されていました。

■ 私たちがサイトに刻みたいもの

この「若手芸人」前後編は、単なる過去の放送データではありません。 それは、今もなお現役で戦い続ける芸人たちの、最も美しく、最もギラついていた「青春の記録」です。

私たちが作るこのサイトでは、ただの情報を並べるだけでなく、あの夜のスタジオの熱気、田村さんの弾ける笑顔、久保田さんの鋭いフォーム、そして二郎さんのビールの匂いまでが伝わるような、そんな熱い場所にしたいと考えています。

あの日、あの時間にチャンネルを合わせた幸運な目撃者たちへ。 そして、これからこの時間を知る新しいファンへ。 2005年、夏。「若手芸人」たちが、深夜のスタジオで確かに火花を散らした記録を、ここに改めて刻みます。

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